今日は4・28だ。1952年の4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効され、日本は連合国軍の占領下から独立し、主権を回復した。しかし、沖縄や奄美などは切り離され、引き続き米軍占領統治下に置かれる。沖縄にとって「屈辱の日」と呼ばれる所以だ。

昨日の琉球新報に米軍占領下の沖縄についての記事があった。日本国憲法が適用されなかった時代である。本土復帰後に日本共産党に合流する沖縄人民党の機関紙「人民」が、どんなに苦労をして「言論・表現の自由」を勝ち取ったのか。

7回にわたる発行申請の不許可、1年半の法廷闘争を経て許可を勝ち取った。しかし、米軍からの弾圧を恐れて「人民」を印刷してくれる会社がない。人民党は自前の印刷所をつくろうと党大会で決議する。そのわずか18日後に「あけぼの印刷」が完成する。

新聞には載っていなかったが当時の写真を見たことがある。党員・支持者がみんなで印刷所の大きな柱を起こしていた。日本国憲法が適用されず、新聞を発行するのも命がけだった時代、わたしたちの先輩があのとき担いだ印刷所の柱は、どれほど重たく、そして誇らしかっただろう。

元「人民」編集長の仲松庸全さんは、いまの日本の状況に「既視感」を覚えると語っている。先輩たちが力を合わせて勝ち取った権利を、わたしたちもまた力を合わせて守りぬこう。屈辱の日に誓った。

160427